大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和58年(行ツ)131号 判決

埼玉県三郷市東町二二八番地

上告人

斎藤登喜蔵

右訴訟代理人弁護士

仲田晋

埼玉県越谷市越ヶ谷一丁目一番一号

被上告人

越谷税務署長

荒井一夫

右指定代理人

亀谷和男

右当事者間の東京高等裁判所昭和五六年(行コ)第四三号所得税更正決定等取消請求事件について、同裁判所が昭和五八年八月一六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人仲田晋の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安岡満彦 裁判官 伊藤正己 裁判官 木戸口久治 裁判官 長島敦)

(昭和五八年(行ツ)第一三一号 上告人 斎藤登喜蔵)

上告代理人仲田晋の上告理由

第一点

原判決は、上告人のなした耕作について、「埋立て後の本件土地において果して農耕が可能なものかどうか、各種の作物を播種してその結果をみるため試みにされたものである」とし、その根拠として上告人の第一審供述をあげている。

なるほど、本人は「いろんなものを耕作・試作みたいな形をとっていました」と供述している(五五番の問に対する供述)、原判決のいうごとく「埋立て後の本件土地において果して農耕が可能のものかどうか」を試めすためのものではなく、上告人本人が同供述部分で「さきほども申上げましたように、自信というのはおかしいですけれども、あらかたできるという、自分では自信がありましたので」といっているごとく、耕作可能な土地である自信のもとに、いかなる種類の作物の耕作に適するかを試みするためのものであって、熱心な農事研究家である上告人にとって、経験法則上むしろ当然のことである。

しかるに、原判決が前述のごとく、単に農業適地調査のための試作だとしたのは、経験法則に違反するものであり、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違反といわなければならない。

第二点

上告人のなした前述のごと利用はもちろん、かりに原判決のいうがごとき利用であっても、租税特別措置法(以下法という)三八条の六にいう「事業の用に供していた」場合に該当するものである。

すなわち、特定の土地が農業の事業に供されている場合というのは、一般的にいえば、農業の事業のために所有する目的意思をもって、特定の土地を支配することであって、具体的には、該土地上に現に作付がなされている状態や、現に該土地上で作付・収穫などの作業がなされている場合ばかりでなく、次のごとき場合が含まれると解すべきである。

(1) 気象その他の自然的条件のため、一定期間、植物としての生存が不能であって休作を余義なくされている状態にある場合

(例えば裏作の不可能な水田の収穫後の状態、寒冷地や積雪地の冬期間における状態など)

(2) 植物学上、連作に適さないため一定期間作付のできない状態にある場合

(3) 経済上の理由から一時意図的に耕作しない状態にある場合(裏作可能な水田に裏作をしない場合)

(4) 植物学上の適否、経済上の採算の有無等を試験するために試作の状態にある場合

(5) 労働力の不足から耕作ができない状態にある場合(例えば、突発的な死亡・病気・転勤などのため耕作できなくなった場合)

(6) 農業改善事業、土地改良事業その他の事業の実施中であって、作付の不可能ないしは著しく困難な状態にある場合)

結局、原判決は法三八条の六の解釈を誤ったもので、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違反がある。

第三点

原判決は、前述のごとき問題点をもつにせよ、上告人のなした耕作を認めたうえ、「控訴人は、埋立て完了後も少くとも第一屋製パン株式会社に対する売渡しの話が持ち上がるまでは、いずれ畑として農業の用に供する意図のもとに、本件土地を所有していたことは明らかである」としながら、「右売渡しの当時、本件土地が農業の用に供されていたと、換言すれば、事業として収支相償わせる意図をもって継続して耕作されていたとはとうていいえない」とか、「客観的にも本件土地が農業(事業)の用に供し得る状態になかった」とか、「右売渡しの時点において、控訴人の前記の意図が近い将来において実現されることが客観的に明白であったともいい難い」などと認定している。

しかし、原判決自体が、上告人らが東京都清掃局長と本件契約を締結するに至った経過として「……埋立て終了後覆土して、折柄、付近の農地について実施されていた土地改良事業による耕地整理を行えば、これを良質の畑に転化できるとの判断」があってこれが動機となったことや、「以上のような状態にあったため、本件埋立土地が返還されても、控訴人以外にその所有地を耕作する者はなく、本件埋立地は荒地の状態で放置されており、折柄、本件埋立地を含む土地が土地改良区に組み込まれ、土地改良事業による耕地整理が進行していたので、本件埋立地の各所有者は、その所有地を本格的な農地として農業の用に供する目途を右土地改良事業の旅行後においていた」を、それぞれ明確に認定していることは重視されなければならない。

原判決が、このように現に実施中の土地改良事業を認定しておきながら、さきに指摘したごとく、「農業事業の用に供していなかった」とか、「客観的にも本件土地が農業(事業)の用に供し得る状態になかった」とか、「控訴人の前記の意図が近い将来において実現されることが客観的に明白であったともいい難い」などの断定し、土地改良事業との関連を遮断し、上告人らが抱いた本格的な畑地化の願いを無にしてしまったが、この点において、著しく理由の齟齬があるといわなければならない。

第四点

原判決の認定する表見的な事情に加うるに、原判決の認定する土地改良事業の実施という特段の事情を考慮するならば、かくもたやすく控訴人の主張を排斥できる筈はなく、その点、審理不尽の違法もある。

とくに、控訴人の第一審(第一回)および控訴審の供述で明らかなとおり、本件土地については、すでに右事業の一環として測量および抗打が実施ずみであったが、売買契約当時はいまだ一時利用の指定がなされていない状態にあった(第一審第一回尋問調書、一〇一番問答)ことは、注目されるべきである。

当時の土地改良法(旧法)には、一時利用の指定(同法五一条)なる制度があり、土地改良区に含まれる土地全体について、土地改良事業中は、自己の所有地でありながら、必ずしもこれを使用できるとは限らないという不安定な事情が存在し(これが旧法改正の主要な趣旨であり、結局新法においてこの制度は廃止された)、その結果土地改良区の組合員全般にわたって、自己所有農地使用の熱意が低下している風潮にあったことなど、土地改良に係る諸般の特殊事情は、充分に審理が尽されるべきである。

第五点

農業の用に支配してきた土地を処分し、新らたにこれに代る土地を取得した場合、その者は当該処分土地を所有した全期間を通じ、該目的の意思をもって、継続的に農業の事業に供してきたものと推定され、これを否定するには、否定する被上告人の側で、農業の事業に供していなかった具体的事情について挙証責任を負うべきである。

しかるに、原判決は、結局は上告人の側に挙証責任があるとの前提に立ち、上告人の主張を排斥するものである。

この点につき、原判決は、法三八条の六の解釈を誤ったか、少くとも挙証責任に関する経験法則に違反するものとして、判決に影響する法令違反がある。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例